※U−14誕生祝い第二段(遅い) ■08/20■  先程まで、蝉の声を背に負ってグラウンドを駆け回っていた。うだるような夏、という 形容が似合う夏真っ盛りのなかで走るのはなかなかに厳しいものがあるけれど、それもこ れも、好きなことのためなのだから仕方ない。 「あっちー」 「しばらく外出たくねぇー」  そんな愚痴が溢れては零れているロッカールームは、数十分前まではしんと静まり返っ ていたのが嘘のように喧噪に覆われていた。  グラウンドから引き揚げてくるときに買ってきた無数のペットボトルに、窓から差し込 む光がきらきら反射しては壁に不安定な模様を描き出す。冷房が利いているわけではなか ったけれど、その模様と直射日光が避けられているというだけで随分と涼しくなった気が した。  そんなうちの一人が、べたつく黒髪を掻き上げつつスポーツドリンクに口をつける。 「それで? この後、一馬に付いてけばいいんだよね?」  郭の口がペットボトルから離れたのを確認して、呼ばれた真田は身を強張らせた。 「ん? なにその反応ー?」  始めからその場にいたかのような自然さで、一メートルほど離れていた距離を埋めて若 菜が会話に参戦する。というか、自分にとっても関係ない話ではないからこそ。  ところが、当の真田が二人から話を振られ続けているのに一向に話しだそうとしない。  そんな真田を見て、何かを悟ったかのように郭がため息をついた。ゆっくり、息を厭味 ったらしく細く吐きながら。  びく、と肩の線を跳ね上げて、真田は次の郭が何を言うかに全神経を集中させた。 「分かった。……その店、今日休みでしょ」 「――っ」  もう一度体が強張っていく真田を横目に、若菜にも状況がつかめた。  周りの、少しずつ帰っていくU−15のメンバーに別れを言いもせず、その三人の周り だけ時間の流れが違うかのようだ。  若菜につかめた状況とは、要は一緒に行こうと約束していた店が今日休みであることを 告げられずにいた、ということだ。この馬鹿。 「まあまあ、かず」 「ごめんっ!!」  しかし、慰めの言葉はすぐさま謝罪にかき消された。 「ごめん、なんかその店遅いお盆休みらしくて、あの、今朝知ったんだけど、言い出す機 会がなくて、」 「ストップ!」  耐えかねて、若菜は真田の口の前に両手を重ねて突き出した。まったく、今日の主役が そんな風でどうする、と言いたい。言ったところで、もっと恐縮して縮こまるのは目に見 えているので言わないけれど。 「まったくだよ。結人が止めなきゃ俺が止めてた」 「は……?」 「だから、それは別に一馬のせいじゃないでしょ? 確かに、今の今まで言わなかったの は少し怒ってもいいかなとは思うけどね」  郭が、着替えの終わっていない、少し湿った若菜の肩に片手を置いた。 「謝るのはやめてくれない? そんな風にびくついてる一馬、今日は見たくないな」  上手い、流石は英士。と隣で小さく囁く若菜の声が聞こえたけれど、今は無視を決め込 む。第一、若菜だってやろうと思えばこれくらいできるはずなのだ。何年一緒にいると思 っているのだろう。 「そうそう! 俺としてはー、」  ふらり、と郭のそばを離れて、真田の目の前まで顔を寄せると、得意の満面スマイルで 攻撃した。 「今日は一馬の笑顔が見てたいっ!」  大丈夫、これでオチる。  しっかり調べておかなかった自分の落ち度を、放っておくと延々責め続ける真田のこと を分かっているから、どうにかしてでも、多少嘘くさくても、無理やり浮上させてしまう に限る。  だって、今日は。 「なあ、英士!」 「そうだね。誕生日にしんみりした顔なんて御免だな」  年に一度の誕生日だ。  確かに誕生日のプレゼントは先送りになってしまったが、そんなことより、もっと大事 なことがある。 「……、ごめん、ホントに」 「謝るの禁止ー」 「そうそう、笑って」  傍目から見ても明らかに落ち込んでいた真田が、恐る恐るぎこちなく笑って、ようやく 三人そろっての笑顔となった。 「まあ、普通の店じゃないからねぇ……休みが前後しててもおかしくないか」 「書道の専門店なんてなぁ」  リクエストが筆というところからして、普通ではないと気づくべきだったかもしれない とは思うものの、休みなものは仕方がない。近いうちに予定を合わせて、また出かければ いいだけの話だ。  いつまでも湿ったユニフォームを着ているわけにもいかないので、いったん話を中断し て急いで着替える。この辺りはもう年季の入った効率化が進んでいるので、そこいらのサ ッカー少年とは一味違うと自負できる。 「さて、どうしよっか。時間開いたよね……」 「とりあえずファミレスとか行けばいいんじゃね?」  そうしようか、と三人がロッカールームを後にしようとすると、西園寺監督を待ってい るのか、そんな椎名の視線がちらりと後ろを付いてきているのに気づいた。 「……」  郭は、ここで放っておくか、それとも三人で足を止めるか、それとも、と迷った挙句、 「ごめん、ちょっと先に行ってて。忘れ物したかも」  と二人を先に行かせることにした。そもそも、椎名と対等に渡り合えるのは結構限られ た人間だけだと判っているので。  某有名チェーン店の名を言った若菜の声を残して、扉が背後で閉まった。 「で、どうしたの椎名」 「……いや、別にどうもしないけど。ただ、若菜のときといい、誕生日を祝いあうっての もなかなかないよな、と思って」  十五になって、しかも男同士で、という見えないセリフが見えた気がしたが、まあそれ はそれだ。  そういえば、若菜の誕生日のときは分かっていなかった風なのに、いつの間に調べたの だろう。まあ、椎名にかかればそんなに難しいことではないか。 「別にいいじゃない? 俺らの自由でしょ」 「そりゃいいよ。いい悪いの話じゃなくてさ、」  部屋の中央にあるベンチに凭れかかっていた椎名は、腹筋だけで上体を起こして、郭よ りも小さい身長をきっちり伸ばした。 「次の機会に、お前ら三人纏めて祝ってやるよ、って話」 「は?」 「えっと、一月の……二十五とかだっけ。お前が最年少ってのもなんか面白いけど」 「……それはどういう、」  嫌そうに眉を寄せると、椎名は逆らうように、綺麗に綺麗に笑って見せた。 「違う違う。そういう他意じゃないよ。……郭だって分かってると思うけどね」 「……そんなに気に掛けてもらうほどかな」 「当事者はそうでもないのか。でも、……ま、俺が気にすることかどうかも確かじゃない けどさ。筋違いだったら悪いね」  郭は首を振った。  こう見えて、椎名はその態度と口の悪さや多少強引なところをうまく使って、この個性 豊かなメンツを繋いでいる。それくらいはまだ一年と少しの付き合いだけれど分かってい るから。 「分かった。どうされようと、多少は我慢するよ」 「ん、やっぱ若菜のときでも真田のときでもなく、郭じゃないとね」  椎名の中でどんな策略が廻っているのかは、うっかりすると自分にも想像できてしまい そうだったから、郭はそれ以上思考を進めるのをやめた。 「……じゃあ、俺あの二人待たせてるから」 「ああ、気をつけて」  椎名らしからぬ、一歳年下の人間に向ける小さな気遣いとひらひら振られた右手を、バ タンと荒く閉めた扉で掻き消した。  遅かったじゃん! 俺、もう渡しちゃったよ?  ごめんごめん、ちょっとね。……ああ、結人はお菓子なんだ。  そう! デパ地下のだけどなー。でもそのクッキー美味いって有名らしいぜ。  いや、充分嬉しい。ありがと結人。  家帰ってからだね。ここで食べたら怒られるよ。  そういう英士は? もちろん追加のプレゼント持ってきてんだろ?  もちろん。……はい、一馬。  ありが……、  ん? どしたん一馬……ぶっ、ちょ、英士! これはなくね?  なんで? もう一馬も十五になったんだし、これくらいの嫌みは受け流してもらわない とね。  いやいや英士さん、受け流せてないからこの子!  ……英士、これ……メンタルトレーニングの指南書、だよな……。  そうだよ? もうそろそろ、自分からもそういうところを鍛えてもらおうかな、って。  ……。……はい……。  ちょっと英士、落ち込ませてどうすんの!  いやだから、ここで落ち込まないようになってほしくて、  っわかった! 俺頑張る!  おお、一馬がポジティブに……。  ……これは空元気っていうんだけどね……まあいいか。  んじゃ、改めて一馬、 「「誕生日おめでとう!!」」 ※だーいちーこくー。  一月に続きます。  椎名と郭の密会(笑)が書けて満足です(周りにまだちらほら人いる、って状況なんで すけどね……面倒だから書かなかったぜ←ダメじゃん)