うとうとと、まどろみの中を漂っているのが判った。  こういうときには、何も考えず、ただそのたゆたう流れに従っていれば、気持ちのよい 睡眠が約束されると知っている。 ああ、毎日毎日サッカーの練習が終わるや否や、食べて風呂に入って寝る、という生活 が続いていたから、久しぶりにたくさん寝ている気がする。今日は何時に起きればいいん だっけ……。 「――っ!?」  ばち、と音のしそうなほどの勢いを付けて、藤代は自身の瞼を押し上げた。  その目に飛び込んできた光景は、いつの間にか消されたテレビと横で眠る兄弟の背中。 視界は横倒しになっていて、どうやら自分の体も横になっているのだろうと知った。  ああそうか、昨日は大晦日の特番を見ていて、そのまま二人して眠ってしまったのだろ う。まったく、起こしてくれたってよかったのに。せっかくの特番ラストを見逃してしま った。  なんて、まだまだ眠りから覚めない頭で考える。いや、これは考える、というよりはも はや思考を垂れ流している、とでも言ったほうがいいだろうか。とにかく、未だしっかり とした意思を持って動いているわけではない。  もぞもぞと上半身を起こし、電源の切れていた炬燵のスイッチを入れる。どうせ切った のは母親に違いない。電気代節約のために、こまめに様々な電化製品の電源に気を払って いる彼女にとっては、男二人が寝こけている炬燵の電源イコール切ってよし、の判断が下 ったようだ。ちなみに、テレビも同様かと思われる。  ……本当に、どうしてそこでこちら二人を起こすという選択をしなかったのだろう。決 まっている、面倒くさいと思ったに違いない。確かに、自分よりガタイのいい人間二人を 相手にするのは骨だろう。  ぶるっ、と背筋を寒さが駆け抜けた。それはそうだ、足元は電気を取り戻したこたつが 徐々に暖めてくれているけれど、上半身はまったく起きぬけのままだった。案の定エアコ ンもストーブも切られており、部屋の温度は恐らく十度もないはずだ。  手の届く範囲に、外に出るとき羽織るウィンドブレーカーが見つかった。手を伸ばして どうにか引き寄せると、もともと着ていた半纏の上からもそもそと着込む。このウィンド ブレーカーは内側にモヘアが付いているので暖かく、藤代のお気に入りだった。  炬燵の上には食べかけのみかんと飲みさしの緑茶が鎮座している。緑茶は温めればまた 飲めると思うけれど、みかんは水分が蒸発してしまっていて、みるからに美味しくなさそ うな姿に変わり果てていた。 その湯飲みの横に、藤代の携帯電話が放置されていた。そうだ、今何時だろう、と折り たたみ型のそれを開いた瞬間。 「あ、」  どうして忘れていたのだろう。だって、大晦日の次の日は、元旦じゃないか。一月一日 じゃないか。 「……うわー、」  携帯メールの受信箱には、未読メールが溜まりに溜まっている。家族に文句を言われる ので、サイレントモードにしていたから気づかなかった。もしマナーモードだったら、バ イブレーションがこたつの上で大騒ぎをしていたはずだ。藤代自身はそれで起きるか判ら ないが、兄弟なら起きて知らせてくれただろう。  その文面は、もちろん世間一般の「明けましておめでとうメール」などとは違う。  藤代にとって、一月一日は特別なのだ。だから、藤代に新年一発目からメールを送って くるような人間たちにとっても、一月一日は特別になった。  どのメールを空けても、そのメールたちから発せられるメッセージはひとつだ。  ……今返信したら、きっと三上あたりが怒るだろうから、もう少し時間が経ったら送る ことにする。  カーテンをすり抜けて入ってきていた光を見るために、思いっきりその布を左右に取り 払った。この部屋は、東に面しているのだ、と初めて知った。 「みんなありがとー……」  それを知る原因が、初日の出。  うん、悪くない。  眠り続ける兄弟を気遣った小さい声だったけれど、確実に呟かれたその言葉は、数時間 後に電波に乗った。 ※遅刻ごめんなさい。ちなみに中2時点。