いつもの(風祭が通っているうちにこの曖昧な名称でも通じるようになった)河川敷に ある、通称おやっさんの屋台に、桜上水中学サッカー部の面々が集まったのは、年明けも 迫る大晦日の二十三時半のことだった。  少し早めに来ていた風祭は、おやっさんにプレゼントを渡していたようだが(……大晦 日よりはクリスマスの方が適しているのではないだろうか)、その他のメンツは吹きっ晒 しの河川敷に集合していた。  正直、おでんのいいダシの匂いが鼻をくすぐるが、まあ神社の境内にでもいけば出店は 選り取り見取りだろうし。  そうこうしているうちに、保護者が二人揃ったようだ。  深夜をまたいで出かけたことはなかったが、両親と祖父に相談してみたら余りにもあっ さりとお許しが出たので拍子抜けした。曰く、「もう中学二年生なのだから、夜遊びはし てナンボだ」とのことである。……人のことは言えないと判ってはいるが、子の親にして この子あり、というかなんというか、……とにかく、そんなわけで初詣とフットサルへ同 行することが決まった。  風祭がおでん屋の暖簾をくぐって出てきた。松下も一緒に出てきたが、同行する気はな いようだ。少しつまらない気がしなくもない。ゴールキーパーとしては。  と、ここまで無意識に考えて、小さく口の端に笑みが浮かぶ。随分と、“ゴールキーパ ーである自分”が当たり前になったものだ。それもこれも、今ここに居る面子のおかげだ と判っている。  早くも鳴り始めた除夜の鐘が、しん、と冷えた空気に溶け込むことなく上滑りして耳に 響く。もう少し近づけば、きっと腹の底にまで届く大きな音のはずだけれど、あいにくこ こは川の土手だ。しかも、まだ堤の上にも出ていないので、音がまともに届く環境ではな い。  しかし、もちろんその堤を越えなければ初詣への道は開かないわけであり。みんなこぞ って、さくさくと枯れた雑草の海を登っていく。  すると、後方から冷たい空気に乗って、 「あ、ちょっと待って功兄」 「っと、忘れるところだったわ。兄貴も、ちょっと」  保護者を連れてきた二人が同時に声を上げた。もちろん、その二人はくるりと声の主に 振り返る。何事? とその顔には書いてある。ということは、今呼び止められた意味は知 らないわけか。  と推理した、そこまでは良かった。  だが、そこからが予想外だったのだ――不破にとって。 「……む、」  三歩歩いたところで気が付いた。……先ほどまで隣を歩いていた水野がいない。  ぴたりと歩みを止めて、不破にしては珍しく、物凄く悪い予感しかしなかったけれど振 り返る。ことさら、ゆっくりと。  だが、こういうときの予感というものは当たるのがパターンであり、もちろん今回も例 外ではなかった。 「みんないーい? せーの、」  見下ろすみんなの顔が、にやり、と歪んで。 「「「「「誕生日おめでとう!!」」」」」  その歪みが、一斉に弾けて笑顔になった。のは、脳内で認識した。が、処理が追い付か ない。何を言われたかも判ってはいるが、対応が真っ白に飛んでいった。 「……ぁ、」  かろうじて口から零れ落ちたのは意味をなさない呟きにしかならず、冷たい空気に溶け ていく。立ち尽くす、という表現がこれほどぴったり合う状況も、なかなか出会えるもの ではないだろうな、などと考えたところで、もはやそれは完全に現実逃避だった。  現実では、堤の上に不破が立っていて、その河川敷から堤の上へあがる坂の途中にサッ カー部の面々が居る。足元に生える雑草の海が、夜の風に撫でられてざわざわと喚いた。 「というわけで、屋台で好きなもの頼んでいいわよ」 「今日は、俺たちの奢りってことで」  マネージャーと部長という最高権力者たちの保証付き、か。  そう思ったら、急に真っ白の頭に心が戻ってきた。 「了解した」 「へ?」 「ちょ……、不破!」  くるりと神社の方向へ足を向けた不破を、部員たちが慌てて追いかける。踏みつぶされ る枯れ草の歌。 「奢りなのだろう? ならば早く行くに越したことはない」 「待って、ってば」  不破のコートの端をしっかと掴んで、一番に追いついたのは風祭だった。軽く上気した 肌からは、まだおでん屋の名残が立ち上る。 「不破くん、忘れてるの?」 「……」 「あ、なんだ。判ってるけどどう言ったらいいか迷ってるんだ」  不破の沈黙をここまでしっかり読み切れる人間も珍しい。というか、恐らく今のところ 風祭しかいないような気もする。なんて思っていたら、 「まぁ、無理にとは言わねぇけどさ」 「そうやなー。むしろ、素直に言われたらそれはそれでヒくわ」  皆もすらすらと不破の心を読んだ上で発言を紡いでいく。ああ、もうこんなに判られる ようになったのか、と感慨すら覚えるけれど、発言をよくよく噛み砕けば何を失礼なこと を、と思わないでもなかった。ので。 「……ふむ、詫びる言葉は多数考えられるが、礼を言う言い回しはあまりないのだな」  ぼそぼそ、自分が思考するための言葉を口の中で転がすと、 「ありがとう」  と臆面もなく言い切った。  動揺する側が、途端に風祭たちへとシフトする。 「う、わー」 「さらっと言いやがった」 「……流石に予想外だったわね」  彼らの頬が赤いのは、寒さのせいだということにしておこう。  なぜって、そりゃあ、不破の顔が赤い理由も必要だからだ。 ※遅刻すみませ……。