「今日勝っとったなーマリノス(※08'11/29)」 「まあ、な。……なんだよ、それだけのために電話してきたわけじゃないだろ?」 「え、気付いとらんの」 「は?」 「あとちょいで、お前の二十四歳あにばーさりーやのに」 「……今、“あにばーさりー”って平仮名だっただろ」 「えー? そんなん知らんわー」 「図星だな」 「……なんや、そないなことまで分かられてしまう人がこの世に居るいうんが、未だに信 じられへんな」 「俺、今褒められたのか?」 「……どちらかというと」 「うわ、」 「そないなことでいちいち感動せんで」 「バカ、感動してなんかねぇよ。……ただ、珍しいこともあるもんだと思って」 「ふぅん? まぁそういうことにしたってもええけど……っと、時間やな」 「ん、」 「――誕生日おめでとさん」 「ありが」 「竜也」 「――……ってめ……」 「ふふん。……次のオフ、行くから待っとって」 「……」 「というわけで、入れてぇなタツボン」  きっかり、自分も水野も次の日がオフだというまさにその日、シゲは予告通りにやって きた。前を全開にしたジャケットに、おざなりに流行りのマフラーを首に巻きつけて、し かし首を最大限に竦めている。  寒いなら、ジャケットの前を閉めろ、と言いたい。 「まあ、凍死死体は見たくねぇしな……」 「なんやのその理由」  はは、と軽く笑いながら、シゲは靴を脱いだ。揃えようとかがんだ彼の手が、既に水野 の袖を引いてることに、水野も疑問を抱かない。  だって、あの日から。 「タツボン?」  どないしたん、玄関先で袖でも引っ張ろうものなら、いつも簡単に払いのけてみせるの に。シゲの目がそう言っているのは判る。自分でも、いつもの行動とは違うな、と判って はいる。 「……別に、待ってたわけじゃ、」  ない。  最後まで掠れる声で言う前に、その唇自体を塞がれた。これでは弁解も叶わない。最後 まで弁解しないでもよくなったことに、安心すら抱いていることは秘密だ。  冷たい、冷たい唇の表面だけを触れ合わせて、至近距離で覗き込んでくる黒い眼を、自 分の少し茶色い眼が見つめ返している。シゲの目に、今自分しか映っていない。比喩でも 何でもなく、現実的に。  それがどれだけ嬉しいかなんて、もう出会ってからこのかた十一年間感じ続けている。 「ん、」 「なに、」 「……グレープフルーツ?」  薄い皮二枚で触れ合っていた赤い何かを、さりげなく離して、シゲは首をかしげた。チ ューハイの味がする、と口の中で呟いた。 「酒呑んどったん? ひとりで?」  そりゃあ、こんなに近くで吐息を感じていれば、いずれはバレてしまうと判っていたけ れど。それでも、なんとなく、知られたくなかったな、と思った。 「ん。待ってる間、暇だったから」 「……ホンマにそれだけ?」 「……」 「今言わんかったら、あとあと大変なん自分やで」  そんな脅し文句も、聞き飽きているようなそうでないような。まったく、付き合いの長 いということはいいことも悪いこともあるものだ。  けれど、それを嬉しく思っているのだから、本当に始末に負えない。 「……お前、が」 「うん」 「この間、電話で、名前呼んだのが」 「ああ、結構堪えたん? ……はいはい、判ったから。そない泣きそうな顔しなや」  今、羞恥に真っ赤に顔が染まっていくのを止められるなら、どんなことでも出来ると思 った。だって、バレてしまったのだ。 「もう、ベッド行ってもええ?」  まだ、舌すら絡み合わせていないのに、すでに若干水野の足が笑っている。それを、酒 のせいだと誤魔化すために、チューハイなんぞを呑んだのだ。もちろん、“誤魔化す”と いうからには、本当は違う意味で足が震えている。  あの名前を呼ばれた時から、それまで二か月以上会っていなかった自分の体がどうなっ たか。思い出すだけでも恥ずかしいやら腹立たしいやら。  けれど、そんな感情も、次のシゲの言葉で霧消した。 「それが嫌なら、ここで抱く」  低く、地を這うようでありながら、浅く、切羽詰まって上擦った声で、そんなことを言 う。  水野は、ちいさく、けれどはっきりと頷くしかできなかった。  同じことを求めていて、どうして拒否できるだろう。  ※本番に続きます。いつ仕上がるかは判りませんが……。   とにかく、24歳おめでとう水野!