日蔭に寝転がっていたから、もともと辺りは暗かった。が、さくさくと草を踏む軽い音 が自分に近付いてきて、次の瞬間にはもっと暗く感じた。閉じた瞼を透けて、微かに届い ていた光は、これでほぼ完全に遮断されたと言って良いだろう。  どうしてかは考えるまでもない。 「……なんだよ、杉原」  薄目を開けると、目の前には案の定、自分の顔を覗き込んでいる柔和な人間の顔があっ た。もっとも、その人となりが柔和かどうかは、何年もチームメイトをやっていれば自ず と判るものだけれど。 「なに、って。じゃあこのスポドリ要らないの?」 「いる」  即答して、上半身を起こした。瞬間、ぐらっと世界が揺れたけれど、きつく目を閉じて やり過ごす。  寝転がっていたときに付いた葉が、ぱらぱら降り落ちる。色は全部、濃い緑色だ。  夏が来る。  特別好きな季節でもないのに、どうしてか自分の中にある何かが、ざわざわうるさく騒 ぎ出す。まるで、本能がこの季節を喜んでいるかのように。  休憩中独特のざわめきが遠くに聞こえて、世界に居るのは自分と杉原だけになった気が した。 「ああ、こんなところにいた」 「……郭」  それもつかの間。もう一人、侵入者がやってきた。けれど、誰も率先して何かを言う類 の人間ではないので、結局また沈黙が落ちる。世界が閉じる。  閉じたまま、始めに杉原がその世界に波紋を立てた。 「ねぇ水野、」 「俺ら二人じゃ色々不満もあるだろうけど、」  判っている。  同じポジションのこの二人は、なにかと行動や部屋割りが一緒になることが多くて、だ からついつい見せたくない醜態のようなものも、いくつか見られている。そんな二人が、 恐らく申し合わせていないのに、自分のところへ来るということは。 「別に、不満じゃねーよ。……悪いな」  何か自分が不調で、練習中、試合中、休憩中問わず、何かしらチームに悪影響を及ぼし ているときだ。と、ようやくこの間理解した。  二人に聞いたら、「え、今頃気付いたの!?」「どうやったらそんな鈍感に生きれるわけ ?」と思いっきり隠しもせずに呆れられたが。  仮にも司令塔なのに、すぐぐらつくんだからやってられないよね、の台詞に全く反論で きなかった俺に、数年間ずっと、言いたいことも言いたくないことも聞き出され、言われ たいことも言われたくないこともぶつけられ。もういい加減慣れたが、結果としてかなり 救われていて、感謝している。それを自分としては秘密にしておきたいところではあるけ れど、正直この二人のことだから、知られている気がしてならない。おそらく知っている のだろう。 「あ、なんか素直だ」 「ちょっと気持ち悪いね、素直な水野って」 「……もういい」  基本スタンスが、からかう、いじる、試す、のこの二人に敵う機会はあまりにも少なく て、唯一ちゃんと抵抗手段として使えるのは黙秘権のみである。しかし、その権利も最後 には結局、剥奪されてしまうのだが。 「ごめんごめん。自分がどういう状態にあるのか、把握できるようになった水野に感慨を 覚えてね」 「全く褒めてないねぇ、それ」 「もちろん」  二人とも言いたい放題である。けれど、自分の調子が悪いことも、その原因もはっきり している以上、下手に言い返せば薮蛇だ。この数年で学習したことの一つと言える。 「……で? 今のはほんの冗談だけど、原因は判ってるの?」 「冗談かよ……」  絶対本気だったくせに。  けれど、この状況で嘘はつかない。二人と出会って始めの頃につい口を衝いた嘘で、な かなかトラウマになりそうな目に遭わされた。絶対に敵に回せないタイプの人間がまた増 えた、と嘆いたものだ。 「原因は、判ってる」 「解決策は?」 「……まだ、ない。けど、そのうちどうにか、」 「自分自身でどうにか出来そうなら、俺達こんなところにまで水野を捜しに来ないんだけ どね」  ごもっともな意見を言って、郭は水野の目を見据えた。切れ長の眼差しをすぅ、と細め られると、蛇に睨まれた蛙よろしく、逃げ場がないことを自覚させられる。というか、逃 げたところで絶対捕えられるし、下手な逃げ方をすれば、自分のほうからやってくるよう に仕向けることもこの男は厭わないだろう。 「どうにか、できないんじゃないの? だから、休憩だっていうのにスポドリも取らない でグラウンドの隅に居るんだよね?」  疑問形で問われたとはいえ、それは肯定文だった。杉原の目も、郭と同じように、逃げ を許しそうにない。  水野は一旦静かに目を閉じると、もらったスポーツドリンクを一口飲んで、その重い口 を開いた。 ※理由はご想像におまかせします。