抜けるような青空なんて、その時までは嘘だと思っていた。  結局のところ、それまで彼は、空をゆっくり見渡す心の合間さえなかったのだ。 目が醒めると、隣の布団には誰も居なかった。  手を伸ばして触れてみても、温もりは欠片も残っていない。それを認識してからやっと 、抜刀斎は上半身を起こした。  巴と、逃げる形ではあったが、一緒に暮らすようになって、ある程度体を休ませながら 眠ることも覚えた。もちろん、不審な気配が近寄れば瞬く間に覚醒する。つまり、不必要 な緊張を、巴相手には持たなくなったということだ。隣に寝ていて、抜刀斎に緊張を強い ないのは、師匠である比古清十郎くらいのものであったのに。 「お目覚めですか」  戸口の方から声が掛かる。抜刀斎の燃えるような赤髪とはまったく違う、暗い闇夜のぬ ばたまが、薄い肩に掛かってさらりと音を立てた。  朝日の逆光になっていて、よく表情が伺えなかったが、あまり感情表示のスペックが多 い方ではない彼女のことだ、想像は付く。 「ああ、おはよう。今日も早いな」  そこまで言って、抜刀斎は違和感を覚えた。いつもの朝だが、どこかが違う。  ふと、まだ手を触れたままの布団が強く意識を引き付けた。そうだ、これだ。 「巴、聞いてもいいかな」 「はい、なんでしょうか」 「どうして布団が敷き放しなんだ?」  努めて柔らかい口調で問うた。別に責めたいわけでもなんでもなく、疑問に思っただけ だから。  早く目覚めるのはどちらか、という問いにはあまり意味がない。割合的にはそんなに差 異もない筈だ。  ただ、一緒に暮らしていればいつしかその間にルールができる。この二人における朝の ルールとは、早く起きた方は自分の布団を片付けて、出来るところまで朝餉の支度をして おく、というものだった。彼女がその暗黙の了解を守らなかったことは今までないに等し かったので(もしかしたら抜刀斎が起き出す前に片付けていた可能性はあるが)、抜刀斎 にとって違和感となったのだろう。  問われた巴の方も、珍しく失態をおかした、というように、 「まあ……。すみません」  と口元に手を当てると、急いで土間を上がって抜刀斎の座る方へ向かった。  その間に、彼も起き上がり、自分が今まで横たわっていた布団を片付け始める。 「謝ることじゃないさ。ただ、珍しいな、と思っただけで」 「はい」  それきり、心地良い静寂が降りた。あまり追求したいわけでもなかったので、聞いた本 人の抜刀斎も何も言わない。そもそも、この二人は話していないことの方が多いのだ。  しかし、この朝は違った。 「……目が覚めたら、」  布団を二人して押し入れへ仕舞い込んで、顔を洗うために戸口へ歩いていく。 「鳥の鳴いているのが聞こえました」  土間へ下りる。突っかけた草履の底から、ひんやりと、土のにおいがした。 「部屋が随分明るくて、きっと晴れだと思って」  引き戸を開けた。 「そう思ったら、外へ出たくなりました」  目の前にあるはずの景色が、あっという間にホワイトアウトする。  明るい。 「……そうか。当たっていたね」 「はい。それで、つい布団のことを失念して」 抜けるような青空なんて、嘘だと思っていた。