「大体にしてさ、君たち学習能力あるんだよね?」  人間だもんね? っていうか普段あれだけ戦って、ちゃんと学習して戦闘スキルは上げ てるわけでしょ? じゃあなんでその学習が自分の体には向かないわけ?  いつものようにぶつぶつ文句を言いつつも、伊作はぎゅうっと包帯を締め上げた。それ はもう、この六年間鍛えた腕の筋力を、傷に障らない程度のフル活用で。 「いっ……! ったい、伊作、痛い!」  しかし、その顔にはありありと書いてある。呆れてものも言えない。  これでもか、と力一杯巻かれた手首の包帯を、ぷらぷら振ってみた。強く巻かなくても きちんと固定される彼の包帯は、今や力さえもが加わって磐石の風を体している。 「判っちゃいるんだがなぁ……」  ある意味恐怖の治療が終わって、留三郎はふぅっと身体中の全ての空気と力を抜いた。 そのまま流し見る先にあるのは、六のいに在籍する人逹の住まう長屋のある方向だ。今は もちろん部屋にいるから障子に遮られて見えないのだけれど、目線をやるくらい許されて もいいだろう。 「悪いな、伊作」 零れるように呟けば、 「謝るくらいなら、はじめから怪我なんかしない方向でお願いしたいなぁ」  至極真っ当で、伊作にしては辛辣なお言葉が飛び出してきた。ダメだ、これは相当機嫌 が悪い。  伊作だって、留三郎と文次郎がやっていることはストレス発散のじゃれ付き合いだと理 解はしている。ただ、その度に怪我(たまに肝を冷やすような危ないものまである)をし てくるのが頂けないのだ。  このままにしておいて、後々気まずくなるのは避けたい。よって、部屋の中程で薬箱を 片付けている彼に、せめてもの恩返しをする。ちょうど委員会活も一段落ついて、束の間 くつろいでいた伊作の時間を奪った自覚くらいはあるのだ。自室を横切ることになったけ れど、いい具合に頭が煮えている伊作は気にも留めていないらしい。  だから、留三郎のしたことに心底驚いていた。 「……うわぁ、」 「そんなに驚くこたねぇだろう」  思いがけず、好感触を得る。確かに、自分でも滅多にやらないことだと自覚はしている が、ここまで驚かれるとは思わなかった。 「ほい。ま、礼だと思って」  こと、と軽い音を立てて、伊作の目の前へ湯呑を置く。途端に笑顔になった伊作だが、 ちょっとごめんね、と言って、役目を終えた薬箱を棚の中へ仕舞った。そういうことはき ちんとしておかねば、ふとした拍子に痛い目にあう、と経験上で学んでいる。そう、例え ば躓いて箱の中身を盛大にぶちまける、とか。  そして、肩にかかったボリュームのある髪を後ろに払い、湯呑の前へ正座する。 「留さんの淹れるお茶は珍しいからねー」 「なんだよ、別に普段は機会がないだけだぞ?」  というよりは、いつも伊作が積極的に、もしくは自分のついでに、留三郎にもお茶を淹 れてくれるのが恒常化しているがために、留三郎が自らの手で茶器を扱うことがない、と いうだけの話である。 「ああ、美味しい。もう、普段から留さんが淹れてくれればいいのに」  それの証拠に、留三郎の淹れるお茶は、その味を知る者たちの間では評判がいい。しか し、留三郎自身が滅多に淹れようとしないため、なかなかにレア扱いされていて、いまい ち噂に尾ひれがついてしまっている感も拭えないのだが。そこまで褒められるようなもの ではないと思っている。 「んー、でも俺は伊作が淹れる茶も好きだけどな」  少しだけ音を立てながら、自分の淹れたお茶を啜った。滑らかな舌触りの中に混じる茶 渋が、喉の奥に引っ掛かってから流れる感覚を、実は嫌っていない。 「それに、お前から言い出すんじゃねぇか。茶ぁ要るか、って」 「まぁね。だって、一息つきたいときは何か飲んだり食べたりするのが一番切り替えられ るんだもの」 「んで、自分だけってのも居心地悪いから、俺も誘ってくれるんだよな」  そういうこと。と、伊作は再度お茶を飲んで、肩の線をゆっくり下に落とした。  伊作がここまで脱力したなら、基本的にもう留三郎に対する機嫌は治っただろう。文次 郎に対しては知らないが。  遠くで、鐘の鳴る音が聞こえた。さすがに自室で気を張り続けるのもなんなので、衣擦 れの音を殺さずに立ち上がる。障子をあけると、空の色は紅に染め抜かれていた。 「夕餉だ。行こう、伊作」 「うん。あ、ちょっと箸持ちづらいかもしれないよ。今回手首だったから」 「あー、まあ、自業自得だしな……。仕方ねぇさ」  そうだ、後で仙蔵に文次郎引っ張って来させなきゃ。  しかし俺に、そう言った伊作の顔を直視する勇気は、ない。