どうしようもないんだな、とだけ思った自分にびっくりした。いつもならそんなこと気 にするか、という姿勢で頑張ってみたりするのに。    隣を歩く学ラン姿はいつものように眼鏡と目深にかぶった帽子、それから口元まで覆い 隠すマフラーを身につけている。相変わらず冬から抜け出してきたとしか思えない。彼― ―ナカジの中では四季折々の季節があるにもかかわらず、一年中冬なのだろうか。 「・・・タロウ。何なんだ、さっきから人の事じろじろ見て」 「あ? あぁ、別になんでもないよ」  まぁ、対する彼も人の事言えた義理ではないと思うが。  ナカジの隣を進むタロウは、半そでTシャツに少し長めの半ズボン。時間が放課後であ るならば必ずサーフボードと行動を共にするという生粋の“夏”を代表するような格好だ 。ちなみにナカジの放課後はバンドのギターケースを背に背負う事になる。結局のところ 何を言いたいかといえば、彼らは真逆の格好であるということだ。……でも、それでも隣 を歩けている。たったこの一つだけで、共通点でもなんでもないけれどタロウは幸せだっ た。  そう、タロウはこのナカジが好きだ。自分をしっかり持っていて、かといって他人の言 うことを聞かないわけでもなく、他人の微妙な変化も割りと読み取ってくれる。そしてバ ンドの中でギターをかき鳴らす彼は贔屓目でなくて格好良いと思う。普段は硬派を装って いるけれど、ただ人付き合いが面倒なだけで本当の彼は慣れればすごく親しみやすいし優 しい。タロウが好きになる理由としては十分すぎるほどだった。 「にしても、教室移動って何でしなきゃいけないのかねぇ」 「決まってるだろ、機材は動いてくれない」 「ま、ね。でも貴重な昼休みが潰れる〜!」  いかにもタロウらしい叫びにナカジは一時呆れたような表情を取り繕ったが、その実そ んなには呆れていない。何故かと言えばナカジだって教室移動は面倒だと思うし、できる なら授業だってサボってギターの練習に励みたいものだと思っているからだ。生徒の思う ことなど所詮みな一緒である。 「ねぇ、サボらない? 科学の実験なんて式見りゃぁ判るって」  タロウの提案に悪くないな、とナカジは思った。腕に抱えた科学の教科書やノート、資 料集を見て本当に行くのをやめようとしたその矢先。  通りかかったのは図書館。その搬入口には、見慣れた人影。  ミシェル。  ナカジの行きつけの本屋の店主で、そして。   「――――」  思わず絶句した。こんな優しい眼をしたナカジをタロウは見たことがなかった。相手は 一回だけ連れて行ってもらった本屋にいた人だ。しかも、先ほどまで忙しそうに動いてた その人が、ふ、っとまるでそれが当然であるかのように振り向いた。視線は送っていたけ れど、声すらかけていないのに。そして、見返したその人の目が、あまりにも。 「――行こうよ、ナカジ」 「え? あ、ごめん……って、サボるんじゃなかったのか?」  できるか、と思う。サボると言ったって、そういうときにはナカジとタロウの趣味は合 わないから、別行動をとることになる。そんなことしたら、ナカジはほぼ百パーセント搬 入作業をしているミシェルの元へ行くだろう。  どうしようもないんだな、とは思ったけれどそこまでお膳立てしてやるほどお人好しで もない。まず、自分の気持ちの整理をしないといけない。それには、退屈な科学の授業は 最適だ。 「止め止め。まじめに科学室行きましょ」    ナカジに見られないようにして、自分へのせめてもの慰めに、背を向けて山と積もった 本に埋もれているミシェルに思いっきり舌を出した。