※この話には前編みたいなものがあります。 うろおぼえなのですが、ミシェルの本屋に楽譜を買いに来たナカジとミシェルが何かやり とりをして、結局楽譜がタダになり、ナカジはミシェルの頬にキスをした、という内容… …だったはず。 その後日談です。 ※R18※  カウンターに座っていつものように読書に勤しんでいたミシェルは、またしても彼の姿 を眼中に映すことに成功した。  「おや、ナカジ君」  その眼鏡と口元まで隠すマフラーはともすれば不審者と言われても文句は言えないと思 うが、ミシェルにとっては不審どころかまさに天師が降臨したかのような幸福感を与えて くれる姿だ。  ミシェルのいつものようなにっこり微笑んだ顔にちらりと一瞥をくれて、ナカジは溜め 息をついた。 「どうしました、溜め息なんかついて」 「あー……。なんかどうでもよくなってきた」  開口一番何を言うかと思えば、それは思いっきり棒読みの“台詞”といった感じのもの だった。別にナカジが割と投げやりなところがあることはミシェルも分かっているけれど 、それを口に上らせることは珍しい。 「本当にどうしたんです。ギターの演奏が上手くいかないとか、行き詰まったとかですか ?」  カウンターは店内より高いところに有るので、ミシェルはナカジの目線に合うように身 を乗り出した。その途端、ナカジは一歩後ずさる。何かに急かされるようにマフラーを鼻 先まで持ち上げ、手持ち無沙汰に帽子を取り、手で弄び始めた。 「あのな。俺のイメージはギターしかないのか」 「はぁ、まぁ楽譜を買っていかれましたしね。そう考えるのが普通では?」 「そんなもんか?」 「ええ、私の中ではね。他に貴方の特徴を挙げて欲しければ言いますけど。例えばヤって るときn」  ぼすっ。  空気が行き場を無くして溢れ出た音が静かな店内に響く。ミシェルの口元には帽子が宛 がわれていた。 「ばっ……、そういうことじゃねぇよ!」  赤面して耳まで真っ赤になっていながら上目遣いで睨みつける。 「――」  一瞬ミシェルが言葉を失ったのは誰にも責められないだろう。そう、これは不可抗力と いうやつだ。 「――ミシェル?」  あまりに凝視されて居心地が悪くなったのか、おずおずとナカジが声を掛ける。慌てて 我に返ったミシェルは体裁を取り繕うように笑った。 「あぁ、ごめんなさい。……で、先程のは冗談として、本当に何かあったんですか」 「別にっ。――ただ、」  そこから先がフェードアウトしてよく聞き取れない。おまけに俯いてしまって、首に巻 かれたそれが更に音を遮断する。 「すみません、何ですって?」  更にミシェルが身を乗り出した瞬間、がばっとナカジが顔を上げた。ほんのわずか十五 センチも無い間の中で視線が交錯する、――眩暈がする。マフラーに隠し切れなくなった 薄い唇が音を紡いだ。 「ただ、この前は悪かったなって・・・」  自分の言ったことにまた赤面している。この前? 「えっと、数日前に楽譜を取りにいらした時のことですよね?」  一つ頷いたことからして、ミシェルの予想は当たったようだが。何が“悪かった”のか。 「あ、もしかして楽譜の代金の事を気にしてるんですか? それだったら心配無用ですよ」 「ち、違う。……えっと、その、楽譜にばっかり夢中になってミシェルのこと考えなくて 、それに恥ずかし……くて、あんなとこにして、」  それは、もしや。 「ナカジ君も、私のことを考えてくださったんですか」 「ぅっさい、そぉだよ! あの、……ほんと、ごめん」  だんだん小さくなっていく声に伴い俯いていく顔を、ミシェルは無理矢理押し上げた。 すっとあごのラインを指でなぞって、困ったような笑みを浮かべる。 「あーもう、なんなんでしょうね。――いいですか、ナカジ君が悪いんですよ」 「は? どういうい――んっ」  ろくに手入れなどしないナカジの唇が、ミシェルの艶やかなそれに包まれる。  そっと最後は啄ばむようにして唇は離れていった。  当のナカジはといえば、頬をこれ以上は無いというまでに染め上げて、口の端で小さな 笑みを作ったミシェルを見上げた。こうするのは初めてではなく、むしろ数えるのも面倒 になるほどの回数を重ねているにもかかわらずこの反応。  かわいい。これはもはや犯罪に認定されても良いほどにかわいい。  そして、――やばい。  かたん、と軽い音をさせてミシェルは立ち上がり、その痩躯をカウンターの外へと出す 。未だに頭の整理がついていなさそうなナカジの正面に立った。人好きのする笑みを湛え て、ナカジの目を覗き込む。 「どうしました? 何も初めてではないのに」 「んなこと言っても……! 俺はただ謝りに来ただけで」 「そんな行動を取ってしまった辺りで気付いてはいますよね?」  腰を屈め、目線を合わせる。そのミシェルの目の色は明らかに笑顔の素敵な本屋の店員 ではなかった。ナカジの頬がわずかに引きつる。一歩あとずさろうとしたが、両肩を掴ま れてしまい動くことは叶わなかった。 「こうなることは」  一段低い声のトーンに一瞬酔いそうになりながらも、どうにか抵抗を試みようとしたが 、時既に遅し。 「っ・・・! んっ、・・・ふ」  頭の後ろに手を回されて、ミシェルは少し屈んだままの不安定な体勢であるにもかかわ らず、そのキスは留まる所を知らなかった。始めはただ唇を合わせ、そして柔らかいそれ がすっとナカジの唇をなぞったかと思うといきなり歯列を割って口内を弄り始める。―― 歯の裏、上あご、更にもっと奥深くまで。ナカジも拙いながらそれに応えていく。じりじ りと後退して、ナカジの背はカウンターに押し付けられる形となった。まだしょっている ギターが実際には当たっているわけだが。  ナカジの膝がかくんと砕けて、そこで始めてミシェルは彼を解放した。 「――ナカジ君、勘違いでしたら許してくださいね。もしや、ヤられに来ました?」 「んな……! なんっ、で」  腰が立っていないナカジを抱き抱えるようにしながら、ミシェルは言葉を紡ぐ。 「いや、いつもなら最初から応えてくれないんですよ、これに」  ね。と言ってミシェルは自信の舌を指差した。 「どうなんです?」 「――」  頬を染め、目線をずらして俯く姿は図星だと如実に物語っている。ミシェルは苦笑して 、ナカジをそこへ座らせると店の出口へと向かった。そして、扉を閉めて鍵をかけ、カー テンを閉める。更には電気まで消して、店内は途端に薄暗くなった。まだ日は高いという のに入ってくるのはカーテンを透けた陽光だけだ。 「え、まだ営業時間、」 「今日はもう閉店ですよ。というか、ここで止めてまた本屋に戻るなんて私が耐えられま せんので」  そう言いつつ、自らがしていたエプロンを剥ぎ取った。微かに耳に残る衣擦れの残響が 、もう既にこの空間を支配している雰囲気と同調している。ナカジの傍まで戻ってくると 、そっと背中にしょったギターを外して脇に立てかけた。ナカジ自身が取った帽子はもう 既に何処にあるのか判らない。そして、お互いの眼鏡を外す。 「わざわざ私の部屋まで行くのも難儀ですね……。もうここでヤりますか」  ちなみに“ここ”とはカウンター前。普通の客が本を買うときに必ず立つ場所。  やっとその事実を飲み込んだ次の瞬間に見たものは、割と高い本屋の天井と、 「いいですよね? って、――先に断っておきますが、今日は私にも余裕無いので」  そしてその確認を取ることはもはやしなかった。 「んん、――っ、ゃぁあっ」  マフラーだけを体に残して、上半身は完全に露わになっている。その薄い胸板に小さく 浮かぶそれを右手でいじると、先程のような嬌声があがった。次に口で吸い付いたときも 同様。  随分な感度の良さだ、と思いつつミシェル自身ももう留めておけなかったので、組み敷 いたナカジより先に自らを取り出した。それは既に相当な硬さを誇り、取り出す際に触れ たズボンや自分の手にでさえ反応するほどになっている。彼を目の前にしたときからその 兆候は見えていたとはいえ、自分自身で苦笑したくなった。盛り時の学生じゃあるまいし。  だが、次に見たものの方がミシェルを驚かせた。  次にナカジのも取り出そうと、ズボンやその下も一気にずり下ろしたのだが。  その下にあったものは、もう既に先走りを溢れさせ、ミシェルのそれよりいきり勃った 状態のナカジ自身だった。わざわざヤりに訪ねて来るぐらいだからある程度予想していた けれど。 「ナカジ君、ちゃんと自分でヌいた方が良いですよ。結構放っといたでしょう」 「だ、って、一人では好きじゃな……いし」  それにしても、だ。学生時分にここまで溜めたことがあっただろうか。いや、ない。で も、その開放を自分の手で行えることは余りある名誉だと思う。 ミシェルは自分自身に言い聞かせる。ここで手荒な真似は絶対にしない、今までもそうだ ったように。しかし、今日は望んで来てくれている上にずいぶんと久しぶりだ。さっき声 に出したように、――余裕などない。 「じゃぁ、もう待ったなしですよ」  そういった瞬間、先走りに濡れた後孔にずぶりと指を差し入れた。キスで一応口は塞い でおいたけれど、 「うっぁあ、……っ」  その留まりきれなかった声が静かな本屋の静寂を揺らす。激痛とまではいかないまでも 、それは相当な疼きを伴ったらしくナカジの嬌声は叫びに変わった。対するミシェルもそ の自身から次第に滴り落ちていく。ナカジも久々だったらしいが、ミシェルだってナカジ を目の前にしなければこんな状態になどなる訳がない。もちろん男であるからにはそれな りのこともしてきたけれど、ここまで惹かれたのはナカジ一人だった。それほどまでに、 彼を。  だんだんと抜き差しの激しくなっていく指は気がつくと二本に増えている。もうそこは それを拒絶するという選択肢を失い、ただその行為を享受するのみだ。水音、というより は粘着質な形容しがたい音が耳に届く。次第にそこは小刻みに痙攣するような動きを見せ た。 「ん? どうしてほしいか言ってみて下さい」  ナカジの顔を窺えば、帰ってくるのは卑怯だぞ、といわんばかりの眼。でも、行為に酔 って涙目な上に上気した頬で言われては、逆効果もいいところだ。 「もう、何ですか。元はといえばナカジ君も望んでいたのでしょう? ここで何も言わな ければこのままイかせますよ」 「……っ、待っ、――挿れて」  見上げれば、そこには予想通りのさわやかな笑顔。この笑顔のために誘ったわけではな いけれど、ナカジはこれだけでも十分だった。  ナカジの汗ばんだ前髪を梳いて、ミシェルは極上の甘さで声を振り落とす。 「よくできました」  ※事後談。 「あぁ、それからこれ、この前の楽譜代」 「――は? 気にしないで下さいと言ったでしょう」 「あー、でも俺が嫌だし」 「そうですか、では頂きましょう。にしても、これからどうしますかね……。いったん店 を閉めましたからもう一回開けるのもなんですし。よし、今度は開けたままでヤりますか」 「〜〜、ふっざけんなぁ!」