「は?」 「だから、浜田の誕生日っていつ?」 ある土曜の昼。今日も今日とて練習に明け暮れる西浦高校野球部の、今は貴重な昼休み だ。各々、地べた(またはベンチ)に座り、午前中に失われたエネルギーを補完しようと 弁当を掻き込んでいる。  皆の、程度は違えど一般より大きい弁当箱の中身は、ものの五分もしないうちに半分以 上が各々の胃に詰め込まれて、影も形も見えなくなった。  もちろん泉もその中の一人だ。弁当の残りを、すぐに食べ終わってしまうのがもったい ないような気がして、殊更ゆっくり食べていた。そんなところへぽん、と投げ掛けられた のが、「なぁ泉! 浜田の誕生日っていつ?」という、突然降って沸いた質問だ。  そして、冒頭のやり取りへと繋がるわけである。  咄嗟のことで対応が何拍も遅れたが、 「浜田本人に聞きゃいいだろ、そんなもん」  今日は午後から手伝いに来る予定だし、とも付け加えて、弁当を食べるペースを微塵も 変えず、淡々とした声を出した。  大丈夫、寄せた眉根と伏せた目線はいつも通りの自分をかたどっているはずだ。どうし てか、箸の先についた白い米粒がやたらと目についた。  しかし、もちろん予測の範囲内だが、 「えーっ、別に教えちゃダメなわけでもないんだろー? 冬だ、ってのは教えてくれたん だけどさぁ、日にちは言ってくんなかった!」  一度すげなく扱われたからといって、田島がそう簡単にことを諦める訳がないのだった。  そして、その田島の言に覆い被さるように、泉にとっては完全に予想外の方向からも声 が掛かってくる。 「あ、泉くん! ……その、私も知りたいかなー、とか思ってるんだけど」  その場に於いて唯一の高い声だった。決まっている、篠岡以外にあり得ない。 「篠岡、」 「だって浜田さんは、そりゃ部員じゃないかもだけど、応援してくれて、練習も手伝って くれて、」 「仲間だもんなァ」  合いの手を挟む田島に一つ頷き、泉を真っ直ぐ見つめる。 「でも、だから浜田さんのデータがなくて、誕生日判んないんだ……」  つまり、篠岡の情報ソースは各部員のデータである。学校に提出するような事細かな生 活面のデータや、もちろん打率、盗塁数等々を記したデータまで、種類は様々あれど、と りあえず部員十人の詳細はそのように得ているのだ。彼女に通り名をつけるとすれば、人 間データベースといったところか。  が、しかし。こと浜田が相手となると事情が違ってくる。浜田は仲間である。これは紛 れもなく皆の意見が一致するところだ。ノックをし、塁上の走者を引き受け、そうして十 人だけでは手が届きづらい練習もこなすことができている。  けれど現実、部員ではない。あくまで手伝いであって、もちろん試合にも出ないし、も っと言うなら部費も払っていない。所属を言おうとすれば、応援団が正しいのだが、それ だって浜田が自力で立ち上げたものであって、正式な団体とは認められていないのだ。  よって、篠岡は浜田の詳細を手に入れられない、というわけである。 「……祝いたい、わけね」 「え、泉君はお祝いしたくないの?」  それを聞くか篠岡。  心中の突っ込みが顔に出なかったのが不幸中の幸いだ。こんなとき、普段からある程度 表情を固定しておくと楽なことが多い。 「いや、そういう意味じゃないけど、」  一応、その質問に答えずにいるとまたあらぬ誤解を生みそうなので弁解を試みる。あと 少し残っている白米が、弁当を持つ左手にずしりと重い。  と、そこへ、 「まあ、泉と俺たちじゃ、浜田さんに対する認識が違うだろうしね」  救いの手なのかからかいなのか、判断の付きづらい声が飛んできた。ちょうど泉の真後 ろから背中越しに掛かった声だったが、八ヶ月もずっと一緒に居れば誰のものかくらいす ぐ判る。 「……栄口、」 「そうでしょ?」  しらっ、とした淡白な笑みが、半身をひねった泉の視界に入ってきた。……まぁ、それ は違って当然だろう。というか、一緒だったらそれはそれで困る。 「ああ、小中一緒だったんだっけ? ……っていうか、それはどうでもいいから、なぁ教 えてよ泉ー」  駄目か、結局田島の思考というか興味対象が浜田の誕生日から外れはしないわけだ。と いうか、外れたとしても、今回は篠岡も絡んできているので、どうせ逃れられないと判っ ているけれど。  でも、この間、泉の誕生日を祝った騒ぎぶりを傍観していた浜田は、そのあと(言われ たとおりに)家へ来た泉に向かって、「……おつかれ、泉。俺なら、あれはちょっと遠慮 したいかも」と冗談とも本気とも取れる声と目で笑っていたのだ。  ここでもちろん浜田の誕生日を告げて、奴を祝い責めにしたい気持ちはあるが(アレは 確かに疲れるけれど、それに見合うだけの得るものがあるとこの間知った)、あんなふう に笑った浜田の顔を見たことがないのもまた事実。  しかし、泉のどうしてやろうか、と悩む秒数は、それからたったの5秒で済んだ。 「判った。田島、篠岡、教えてやるよ」 「え、マジで?」 「い、いいの……? なんか言いづらそうだし、言っちゃいけないことなんじゃ……」  軽く一回首を横に振ると、手に持っていたままの弁当を足元において、おもむろに立ち 上がる。  遠くに見える金髪に向かって、思いっきり叫んだ。 「浜田ー! お前の誕生日、そっから叫べ!」  これなら、本人の口からだし、問題ないだろ?  だって、今日がその日なんだから。  ……それより、真っ先に浜田さんに気付くお前にびっくりだよ。 「いーずーみー」 「なに」 「俺、誕生日教えたくない的なこと言ったよな?」 「言ってたな。でも、それって理由恥ずかしいから?」 「えー、あー、うん、まぁ、」 「じゃぁいいじゃん。……悪くなかっただろ?」 「……まぁ、想像以上に」 「な?」 「――。……で?」 「は?」 「お前からは?」 「っ、……動くなよ、」 ※最後だけちょっと頑張りました(私が)また浜田の家にでもなだれ込んだんですかね。  栄口は懸命にも、あのツッコミを口には出しませんでした(笑)