※08' 05,08(阿部+栄口) 08' 05,09(栄口+花井) 08' 06,08(栄口誕)  これらのご一読をお勧めいたします。繋がってしまいました……。  その強さを、きっとずっと覚えているだろうと思った。  それぞれの持っていた紙が、小刻みに震えていたことも。 廊下へ出ると、あのピン、と張り詰めていた空気が嘘のように、ざわざわと行き交う生 徒たちで溢れていた。  けれど、決して先程のことは嘘なんかじゃない。それの証拠に、自分の指先が情けない くらい震えている。その指先を見る花井の視線には、気づかない振りをした。  そして、花井を引いていた手を離すと同時に、ちらりと右を流し見る。 「……泉」  廊下と向かい合う形で座っていた水谷からは、途中から泉がドアの外にいたことくらい 判っていた。それでも、改めてその名を呼ぶ。  黒髪を微かに揺らして、小さく泉は頷いた。 「おう。……とりあえず歩こうぜ。俺のクラスに来るっつって出て来たんだろ」 「うん」 「あ、水谷。後で現国の教科書貸して」  だから七組まで来て、入ろうとしたら出口付近の会話が耳に入ったのか。泉が来たとき は、ちょうど水谷が阿部と篠岡にストップを掛けられた瞬間だった。咄嗟に助けを求めか けて、しかし状況がこれ以上複雑にならないように、泉の名前は出さなかった。  水谷は、無言で一つだけ頷く。現国なら、今日の二時限目だったはずだ。    三人揃って、ひたひたと廊下を歩き出す。  一歩踏み出すごとに、上履きの裏地がキュッと鳴いた。すれ違っていく男子学生の、腰 にぶら下げたウォレットチェーンが軽い音を立てて通り過ぎる。  そんな音が聞こえてくるほど、凪いだ沈黙が横たわっていた。 「なぁ、俺が連れ出された理由が判んねえんだけど」  珍しく無表情な水谷の横顔に問いかけてみるが、正直返答が返ってくるとは思えなかっ た。花井は、同じく押し黙っている泉もちらりと見て、そしてこの場で二人から説明を求 めるのを諦める。  そもそも、判らないわけではないのだ。ただ、発言を途中で切った水谷自身の口から、 何があったのかを聞きたいだけで。  しかし実際、田島に教科書を借りられていたのも本当だったので、花井は短く息を吐く と、九組へ足を踏み入れた。 「田島ー!」  今まさに眠りの淵へ沈み込もうとしている彼の椅子を蹴り上げる。  九組のドアの桟を踏みつけて、泉の低く落とした声が呟いた。 「……で?」 「泉、聞き方怖いよー。今だって、俺、大変な思いで逃げて来たんだから」  逃げてきた。  誕生日を祝うという行事に、真っ先に騒ぎそうな田島へ事を告げると言っておきながら 、水谷は田島に近づかない。それこそ、初めから口実に過ぎなかったからだ。あの場から 自分を逃がすための。  田島から教科書を取り返して、小言を言っている花井を見やった。恐らく、放っておい ても彼が田島に言ってくれるだろう、と水谷はあながち的外れでもない期待を掛ける。 「ああ、悪い」  泉は、腕組みをといて、水谷への質問の仕方の悪さを詫びた。  廊下で見ていたって、水谷が何か言ったときの二人の気迫は物凄いものがあった。  普段怒りっぽく見えるけれど、少し怒鳴っている程度で、本気になることもあまりない 阿部と、いつもにこやかに過ごしていて、例え怒ったとしても笑顔で説き伏せる篠岡。そ んな二人の、怒りではなかったけれど、有無を言わせない気迫に、ある意味中てられてし まったのだろう。  実際、水谷の顔には、疲弊と言うより消耗がありありと見て取れた。 「お前、なんて言ったの」  ドア横の壁に、二人して寄り掛かる。完全に、教室の中は視界から外れた。 「や、今日栄口が誕生日だっていうから、『お母さん、生んでくれてありがとうデー』で もあるよね、って言った途端に……」 「……母親?」  呟いたその時。 「お前ら、もうすぐ本鈴鳴るぞ? 教科書借りるとか言ってなかったっけ、泉」  花井の声が降ってきた。 「げっ。……水谷、七組行っていい? 現国の教科書!」 「あ、うん。……ね、花井、誕生日のこと田島に言った?」 「おー、言った。何してやろうか考えてんじゃねぇの、今頃」