その日は2月6日。すなわちニコ・ロビンの誕生日だった。 「よーし、ではこのウソップ様がお祝いの言葉を――」 「お誕生日おめでとう、ロビン!」  ウソップのセリフをぶつっと切って、ナミがロビンの反対側から声をあげる。 「ええ、ありがとう航海士さん」  船の中・・・もとい甲板は、恒例の宴の場と化していた。 「ロビンちゃん、今日の料理が俺からのプレゼントです!」  誕生日といえば……そう、プレゼントというものがある。  サンジは見事に並べられた目の前の料理をロビンに見せた……のだが。 「オイ、テメェら何してやがるー!」  もう既に、船長と剣士が手をつけていた。ルフィは追い掛け回されながらも、手に掴ん だ肉は絶対に離そうとしない。しかも2人とも、ものすごい速さで走っているのに回りの ものは倒していないのだ。やはり、これは流石だと感心するところなのか、それとも争い の元が肉だという事実からして呆れるところなのか。  ゾロはといえば、サンジがルフィのみを追い掛け回しているのをいい事に、ビールをあ おりつつ他の料理も堪能している。  ゾロらしいというべきなのだろう、ロビンにはそれが可笑しかった。  ――いつもの日常が、ここにある。  サンジはようやくルフィの追跡を止める。それはつまり、もう食べてもいいということ だ。途端にルフィが他の料理に手を出したのは言うまでもない。  ロビンが1人、ワインを飲んでいると、 「ロビン、おれからは、これ」  後ろから肩を叩かれた。この声はチョッパーだ。 「なにかしら?」  見ると、そこには小さな箱を持ったチョッパーが立っていた。差し出されたそれをロビ ンが受け取ると、早く開けないかなとばかりにきらきらしたチョッパーの視線を感じる。  ロビンはその様子に少し笑って、箱をそっと開けた。 「おれに一番あったプレゼントだと思うんだけど……」  中には、外傷を治す為の塗り薬が入っていた。使いやすいように、小ビンに詰めてある。 「ありがとう、船医さん」  ロビンが心からのお礼を言ったとたん。 「……そっ、そんなこと言われても嬉しくねぇぞこのヤローが!」  チョッパーがいつものように必死に否定した。だが、顔には満面の笑みを称えており、 口調と表情とが一致していない。  素直じゃないのね、とロビンがからかうように言うと、 「そうそう。チョッパー、あんたいいかげんその癖治しなさいよ」  ワイングラスを片手に、ナミが歩いてきた。 「癖? おれは何にも癖なんて無いぞ!」  ――いや、あるだろ。  ナミが無言で突っ込んだところで、どうやらウソップも突っ込まざるを得なかったらし く、ロビンのほうに向かってきた。  チョッパーはもう少し料理を食べたいと思ったのだろう、てとてとと走り去る。それを 目で追って、ウソップはロビンに向かい合う形で座った。 「自覚してねぇのか?」 「え、でもあそこまであからさまなのよ? アレで自覚無しって言うのはちょっとありえ ないんじゃない?」  ナミまでもがしゃがみ込むと、チョッパー談議に花を咲かす。  そして、ロビンのワイングラスが空になった頃、思い出したようにナミが口を開いた。 「あ、そうだ。プレゼント渡さなきゃ」  ナミはミニスカートのポケットに手を突っ込むと、小さな箱を取り出した。 「これねー、この前降りた港で見つけたんだけど」  小箱を開けると、底にあったのは小さな小瓶。どうやら香水のようだ。 「香水ね、いい匂いがするわ」 「ううん、違うの。アロマテラピーなのよ。神経の高ぶりとかを収めてくれるんだって」  使ってね、とナミは笑った。  そのあと、ウソップからはなにやら細かい字を読むときに役立つ改良型虫眼鏡をもらい 、ルフィからは小さな袋に入った種を貰った。  何の種かと訊いたら、 「知らねぇけど、なんか幸せになるんだってよ」  ロビンは首を傾げて、パッケージを良く見ると。 「福寿草……」  花言葉は確か、“幸せを招く”。  なるほど、と頷いてロビンは目を細めてお礼を言った。  ――そして。  宴も終わりを告げる。全ての料理を食らい尽くし、酒に呑まれて皆が眠りについた。  甲板の上だったが、ナミによると明日には夏島の島に着くとの事だったので、2月とい えども暖かい。むしろ、少し暑いぐらいである。  ロビンは多少アルコールが体内を徘徊していたが、まだまだ余裕があった。だが、明日 は船を港につけるのだろうからこのままつぶれてしまうわけにもいかず、1人一段上の船 首甲板に上って酔いを覚ましていた。  静かで、周りに聞こえる音は波の音のみ……だったのだが。 「おい」  突如破られた静寂に、ロビンは驚いて身体を反転させる。  そこには。 「俺はプレゼントなんざ用意してねぇからな」  むすっとした態度で、ゾロが立っていた。 「あら、酔って寝てしまったのかと思っていたわ」 「あぁ? 俺が酒に呑まれるなんざあるわけねぇだろ」 「……まぁ、それもそうね」  それきり話すこともなく、また静寂が訪れる。だが、2人きりの静寂というのはいささ か居づらいものがある。  先に口を開いたのはロビンだった。 「でも、本当に楽しいわね、この船は……」  紛れもなくロビンの心の奥底から出てきた言葉だった。何も考えずにただ、ぽん、と浮 かんできたのだ。  しかしその口調に、ゾロは呆れたような声で応じた。 「おまえ、いつか出て行くような喋り方だな」 「……?」  理解が、思考回路が一旦麻痺する。  それは。  彼女が出て行く、という可能性はもうこの人から消え去っているということだろうか?  ここに、居ても。 「いいの……?」 「は?」  何が、と問い掛けたゾロにロビンは言う。 「ここに、居ても、いいの……?」  自分でも、愚かなことを言ったと思った。  私は、いつかこの船を下りなくてはならない。今は違うけれど、必ずそうなる日が来るよ うな気がする。今までも、そうだったのだから、きっとこれからもそうなのに。  ――なのに、こんなこと。 「……いい」  だがしかし、返ってきた言葉は意外なものだった。  そして、唇にかすめて残る、甘い感触。 「――!」  アルコールの微かな香りが、鼻先を一瞬だけ撫でる。  ロビンは目を見開いた。確かに、そういう関係になってはいるが、こんな不意打ちでや られたのは初めてだ。 「な、なにを……」  するの、という言葉は飲み込んでしまう。  なぜなら、次の瞬間ロビンは抱きすくめられていて、言葉を発することが出来なくなっ ていたからだ。  くらり。  覚めたはずの酔いが戻ってくるような気がした。 「じゃぁ、これやるよ」  そして、囁かれた言葉がそのままプレゼントになった。