※この話は、ルーキー★ナインさまへ畏れ多くも捧げた作品です。よって、そちらのサイ トの設定を拝借しておりますので、そちらのお話をご存知ない方には判りづらい話となっ てしまったことを深くお詫びいたします。 「お帰りなさい、ナルトくん」  その声に、呼ばれた本人のうずまきナルトは顔を上げた。 「おぅ、――ただいま、ヒナタ」  もう随分このセリフも言い慣れたと思う。  19歳になった彼らは晴れて両想いとなり、今は小さな貸家で二人暮しをしていた。2 人とも忍者は辞めていないが、ヒナタのほうはアカデミーでくノ一達に体術を教える先生 の職に就いている。月に一度ほど、任務が入る事もあった。ナルトはというと、今は特別 上忍として里のために貢献している。流石に特別上忍ともなると危険な任務も格段に増え 、今までいくつの死線を越えてきたか定かではないが、いつも必ず愛する彼女の元へと帰 ってきていた。  今日も今日とて、ナルトは厄介な誘拐事件を片付けてきたところである。 「……今日はどんな任務だったの?」 「んーと、なんか大名の後継ぎが攫われたとかで、そいつを保護する任務。でも、そんなに 危険なことも無かったってばよ」  そう、とヒナタは安心したような微笑を見せる。その名のとおりの陽だまりのようなこ の笑顔に、いったいオレはどれだけ救われてきたか分からない。  ナルトはそんなことを思いながら、玄関を上がり、洗濯機に汚れた上着とベストを放り 込み、やっと息ができる、とばかりに座布団の上に腰を下ろした。 「ご飯は、食べた……?」  ヒナタはいったん台所に引っ込み、お茶を淹れてきた。ころあいを見計らって、お揃い の湯飲みにお茶を注ぐ。 「あ、そういえばまだだった!」  人間は、いったん物事を認識するとそれしか考えられなくなるようで、途端にナルトの お腹は悲鳴をあげる。ヒナタはそれをくすくすと笑いながら、 「じゃぁ、何か作るから待ってて」  ――5年前、ナルトはこの世から消え去ろうとしていた。  いや、己の中にいる九尾に食い尽くされかけていたという表現でも良い。  そんなギリギリの状態から救い出してくれたのはヒナタだった。  無論、シカマルやネジ、シノに上忍たちといったみんなのおかげであることは言うまで も無いが、それよりもヒナタが居てくれたから、今の自分があるのだと思う。あのときの 事はあまり口に出さないように、暗黙の了解で当事者や関わった者たちの中で決められて いる。しかし、ナルトは今も皆に感謝し尽くしても仕切れない思いに捕われるのだ。  ――特に、ヒナタには。  自分ひとりで片付けよう、周りを巻き込んではいけないと思っていたのに、あの夜道で ヒナタの姿を見た途端に、それまで張り詰めていた糸が切れてナルトは全てをヒナタに話 していた。……そのせいで、ヒナタは不眠不休で衰弱してしまった。しかもその身体を引 きずって、ナルトを助けに来てくれたのだ。  おまけに、ヒナタはおろか、いろんな人たちに迷惑をかけてしまった。まぁ、元々が九 尾なのだから、どの道迷惑は掛かっていたかもしれないが。  ……そのときからだろう。自分の中で、日向ヒナタという女性の存在が大切になったの は。ヒナタ以外にも同期の女の子は居たけれど、誰よりもヒナタが大切になった。  ――好きだと思った。  3年前に自分の想いを打ち明けて、それを受け止めてくれたヒナタ。  誕生日に、自分の家の前に笑って立っていたヒナタ。  一緒に住むようになって、優しく笑うヒナタがますます愛おしくなる。  そう、今も。  時計を見るともう夜の11時で、こんな不規則な時間に帰ってくる自分を待っていてく れる。ご飯も作ってくれる。明日も、アカデミーの仕事で朝は早いのに。  台所に立って、肩の下まで伸びた藍色の髪が揺れる。  そんなナルトの視線に気付いたのか、ヒナタが突然ナルトの方を振り向き、微笑む。 「・・・なぁに?」  一瞬、ナルトの脳裏が白く染まる。ヒナタの笑顔で埋め尽くされる。 「――い、いや! なんでもないってばよ!」  ナルトは急いで視線をずらし、おそらく真っ赤になっているだろう自分の顔を180度 回転させた。  ちょっと首を傾げたが、ヒナタはすぐに台所に向き直る。  それを見て、ナルトは詰めていた息を吐き出した。  好きだと思ってから、もう5年が経つ。それなのに、未だにこうなる。 「オレ、相当ヒナタが好きなんだなぁ……」 「え?」  顔を上げると、そこにはお盆を持ったヒナタが居た。 「わっ!」  驚いて身を引いたナルトに、ヒナタは少し困った顔をする。 「どうしたの、ナルトくん……。さっきから、なんか変だよ……?」 「な、なんでもないってば! ……いっただっきまーす!」  ヒナタは、先程ナルトが食べ終わった食器を洗う。暦の上ではもう春なのに、水の冷た さは冬そのものだ。ヒナタはかじかんだ自分の両手に、医療忍者となったサクラから貰っ たハンドクリームをつけようと部屋の奥においてある戸棚へと向かった。 「お、ヒナタ。もう皿洗い終わったのか?」  その戸棚の上には、観葉植物のポトスが置いてある。ナルトは、その世話をしていた。  ――その顔は、泣きたくなるほど優しくて。 「なぁ、ヒナタ。ここ、見て」  一瞬、我を忘れていたヒナタに、ナルトは笑いかける。  ヒナタが身を乗り出して覗くと、そこからは新しい葉が出ていた。 「こいつも、随分大きくなったよなぁ」  スペードに似た形をした葉を持つポトス。これは、まだ自分達が子供だった頃のナルト の誕生日に、ヒナタが贈ったものだ。 「これ持ったヒナタ見て、オレってば本当に嬉しかった」  ナルトはもう一度笑う。……その顔が。  ――泣きたくなるほど、好きで。  そう思った次の瞬間、ヒナタはナルトの腕の中に居た。後ろから抱き締められて、ヒナ タは思わず硬直する。ヒナタの背中がナルトの胸に当たって、そこからじんわりと温かく なる。 「……ヒナタ」  名前を呼ばれるのはもう当たり前のはずなのに、その声にヒナタは安心感を覚えた。低 い、大人の男性の声。  ナルトはもうヒナタより頭二つ分以上背が高い。それなのに、ナルトは自分の顔をヒナ タの肩に乗せる。そして、呟いた。 「……大好き」  ――しあわせ、だ。  心の底からそう思った。 「……私も、大好き」  ヒナタも、小さく呟いた。  そして、ナルトの手に自分の手を重ねた――のだが。 「うっわ、ヒナタ、手ぇ冷たっ!」  その一言で、急に現実世界に引き戻される。先程まで皿洗いをしていたのだから冷たい のは当然だが。  もう少し抱き締められていたかったな、とヒナタは思った。  ナルトは、ヒナタを腕から開放してしまってから、はたと気付く。 「じゃぁ、オレが握ってる。あっためてやる」 「……ハンドクリーム塗った手でもよければ」  にっ、と目がなくなるくらいに笑ってくれる人が隣に居るというのは、どのくらいの確 率で起こりうることなのだろうか。  その晩はお互いの手を握りながら、眠りへと落ちていった。  眠るとき、思ったことはただ1つ。  しあわせ。