今日という日が、なんなのか。そんなことは、別にどうだっていいと心底思っている。  それでもカレンダーは、今日その時を告げていた。  後方から飛んでくるクナイをよける。その反動で木にぶつかりそうになるが、そこはだ てに中忍をやっていないというところだろう、素早く身体を反転させて足の裏に集めたチ ャクラで幹にしっかりと吸い付いた。そして、そのままその木の幹を蹴り、その忍者の後 ろに下り立つ。  これで隠れていたつもりだったのか、と思うと少し情けなくなってきた。 「お前、何者だ? あぁ、この巻物を取り返しに来たな?」  実は襲われていたときから判っていたことだったが、今気付いたばかりだとでもいうよ うに言ってのける。流石は頭脳派。  この中忍――奈良シカマルに与えられた今回の任務、それは火の国のはずれを支配する 豪族の極秘である巻物を取ってくることだった。どうやらこの豪族、農民から無法にお米 を搾り上げているらしい。ならば、その裏帳簿である巻物を証拠にその地域の支配権を取 り上げよう、という火の国の大名からの依頼であった。  そこそこに重要な任務ではあったが、雇い忍者は居ない、という情報があったので、中 忍一人に任されることとなったのだ。それが、どうしたことか。 「ちょっと質問に答えてもらうぜ」  しっかり居るじゃないか、忍者が。しかも、わざわざ盗ませておいてその後で始末しよ うってんだから性質が悪い。  相手の首筋にしっかりとクナイを当てておきながら、シカマルはこんなことを思ってい た。  ――あー、めんどくせー。  結局、いつ雇われたのか、豪族は何をやっているのかなど、一連の質問はしてみたもの の頑として口を割らなかったので、縄で縛り上げて木の葉の里に戻ってきた。  このような相手にはもっと恐ろしい拷問で吐かせるしかない。ならば拷問担当の特別上 忍、森乃イビキの役目だろう。  幸い、もうすぐ木の葉の里、というところで襲ってくれたのでそんなに時間は掛からな かった。  報告書を出して、ゆっくりと帰路につく。もう、今日明日は任務が無い。時刻はちょう ど午後一時を回ったところで、これから昼寝でもすっかな、とぼんやり考えていた。  ――ところに。 「あれ、シカマルじゃん」  そこにいたのは言わずと知れた犬塚キバだった。 「お、キバ。何やってんだ?」 「任務の帰り。シカマルもか?」  頷いてやると、やった、とキバは声をあげる。 「じゃあ、メシ食ってねぇだろ? 一楽行こうぜ!」  そして、有無を言わさず、キバはシカマルを引きずっていく。  確かに、まだ昼ご飯は食べていなかったが、それにしてもいきなり会っていきなり一楽 、というのはなんともキバらしいとシカマルは思った。 「やっぱりな」  何が、と言われても、この目の前の光景を見れば誰でもこのように呟いてしまうのでは ないだろうか。  キバに連れられて来た一楽では、ラーメン好きで名高い下忍・うずまきナルトが声高ら かにみそラーメンを注文しているところだったのだ。 「あ、キバとシカマル! どうしたんだってばよ?」 「どうしたって、メシ食いに来たに決まってんだろ」  そう言いつつもちゃっかりキバはナルトの隣に座り、自分もみそラーメンを頼んでいる。 「あれ、シカマルも居たの? 2人とも任務だったんだね?」  今まで聞こえない声がすると思ったら、ナルトのキバと逆側の隣にはチョウジが居た。 おそらく、今までラーメンを食べるのに夢中でシカマルが居ることにさえ気付いていなか ったのだろう。 「いや、任務だったんだけどな。キバとは別」  シカマルも観念して、チョウジの隣に腰掛けた。店主に注文を聞かれて、しょうゆ味を頼 む。 「お前らは?」 「おれチョウジと一緒の任務だった。帰りついでに一楽に寄ってたんだってば」  キバの質問に答えたナルトは、目の前に出されたみそラーメンを手に、暫く会話を中断し た。  やがて、そこにはラーメンをすする音だけが木霊する。  小1時間もすると、流石に一楽にとどまり続ける訳にもいかず、4人はそれぞれの帰路を 取った。シカマルはチョウジと家が近いので、自然と2人で歩くことになる。 「そういえば、シカマル、今日何の日だか知ってる?」  それぞれの家まで後少しという所で、おもむろにチョウジが口を開いた。 「は? 今日?」  シカマルの明晰な頭脳が動き出す。……が。 「9月……22日?」 「そうじゃなくて! 日にちなら僕だって言えるよ。もっと、別の事」  チョウジは先ほどから笑っている。というか、含み笑いだ。その笑顔を一瞥して、シカ マルは頭をひねった。歴史上で誰かが何かをやった日だろうか。……あ! 「母ちゃんが俺を生んだ日! ――そっか、誕生日か」  うん、とチョウジはやっと普通の笑顔に戻る。すぐに誕生日と言わずに、誰が何をした 日という形式で覚えているのは、流石シカマル、と言うところだろうか。 「と言う訳で、ちょっと僕の家寄ってってよ」  そう言って、チョウジは自分の家へと道を曲がる。シカマルも、口元は笑いながらその後 に付いて行った。  そのころ。  ナルトとキバは、途中まで帰り道が一緒なので、連れ立って歩いていた。話題は。 「今日はシカマルの誕生日だってば!」  シカマルの誕生日についてだった。どうやら、気付いていなかったのは本人だけだった ようだ。ナルトが楽しそうな声を出すと、キバも請合う。 「へっ、知ってんよ、当たり前だろ。けどよー、何も用意してねぇんだよな、オレ」 「そんなのおれも一緒だよ」  そして二人は同時に溜め息をついた。――と、その時。 「おい、ナルト! あれみろ、あれ」  キバは小声で話し掛ける。何かと思い、その視線の方向を見ると。 「……いの、だってばよ」  だよな、とキバは相槌を打つ。  綺麗に結い上げられた金髪は、いのが首を傾げるたびにふわりと揺れる。そこはファッ ション系統の店が建ち並ぶ通りだ。いのはある店の前を、数歩歩いたかと思うとまた店の 前に戻り、そしてまた離れていく、という行動を繰り返していた。 「いのの奴、何がしたいんだ?」  ナルトが呟いた。キバは、いのが右往左往している店の看板を読み取る。それだけで、 いのが何をしたいのかがすぐにわかった。 「はっはーん、読めたぜ、ナルト!」  え、とナルトは乗り出していた自身の体をキバの前に置く。 「なんだってばよ?」 「おっまえ、やっぱり頭悪りぃんだな」  軽く鼻に掛かるような言い方をして、キバはナルトを見下ろした。  案の定、それにムキになって反論しようとするナルトを抑えて、キバは更に声を落とし た。 「見ろよ、あの看板。男物の、小物を売ってるところだ」 「あ! ってことは、いの、シカマルに・・・・・・?」  キバは大仰に1つ頷く。 「間違いないな」  そして、二人は顔を見合わせた。  忍者学校時代、担任教師を一番怒らせ、そしてそれから何度も逃げてきたいたずらコン ビの2人である。2人は、お互いが自分と同じ考えをもっている、とすぐにわかった。 「いいか? ナルト」 「もちろんだってばよ!」  ――何が起こるのか、知っているのはこの2人だけであった。  その夜。時刻は間もなく真夜中。  シカマルは、やっとチョウジから(正しくは、チョウジの家族から)解放されて、今度 こそ自分の家への帰路をたどっていた。  そして、玄関の前に来ると。 「シカマル!」  そこに聞こえてきたのはナルトの声だった。 「……? どうしたよお前、こんな時間に」 「どうしたもこうしたもないってばよ! 今日、シカマルが捕らえて来た忍者、居るだろ ?」 「あ、あぁ」  軽く頭の隅に飛んでいた記憶を引き寄せる。その間も、ナルトは勢いを衰えさせずに喋 った。 「その忍者が、人質をとって逃走したんだ!」  それは大変な事だ、とシカマルは思った。でも、そんなに強い忍者ではなかったから、 すぐに捕まるだろう、とも思った。 「で? 状況は判ったけど、それとお前がここに居ることと、どんな関係があるんだよ?」  ナルトは、軽く眉を寄せる。 「その人質が、いのなんだってば――シカマル!?」  ナルトが顔を上げたときには、もうそこにシカマルの姿は無かった。  あるのは、秋道家からのプレゼント――もとい、ご馳走が入った折り詰めだけだった。  ――いのが? まさか、そんな筈は無い。  今日はまだ一回も会っていないけれど、そんな人質になるようなへまはしないはず。そ れに、仮に捕まったとしても、あのいのの性格ならばおとなしく捕まっているとも思えな い。  この思考を終えるまでにおそらく一秒も掛かっていないだろう。それほどの頭脳を持ち 合わせている忍は、そうそういるまい。  シカマルの足は、自然と里の中央部、火影岩のほうへと向かっていた。  そして、ふと顔を上げたそのとき。 「いの!」  火影岩のてっぺんに、男女の影らしきものが見えた。月が後ろにあり、逆光になってよ くは見えなかったが、シカマルは絶対にいのだった、と確信する。  その影は、シカマルの姿を見るや、踵を返して火影岩の向こうへと飛び降りた。 「あ、待てっ!」  そして、全速力で後を追い、火影岩の向こうへと飛び降りた瞬間。 「――え?」  風が舞った。  そこは、一面のコスモス畑。  そして、そこにいるのは、山中いの、ただ1人。 「……どーいうことだ?」 「ナルト!」 「キバ!」  シカマルがいのと出会ったそのとき、ナルトとキバは昼に居た一楽へと戻ってきていた。 「成功したな」 「さっすがおれ達! 大成功だってばよ!」  2人の立てた計画は、いたって単純だった。  まず、買い物をしていたいのに声を掛ける。そして、シカマルが昼ご飯のときにちらっ と零した忍者にキバが化けて、いのに捕まってもらう。もちろん、いのも承諾済みだ。  後は、ナルトがそれをシカマルに伝えて、キバはうまくシカマルの目に付くように逃げ て、火影岩の後ろまで誘導する。これで、二人の仕事は終了だ。  その後どうなるかは、二人の預かり知らぬところである。  よくよく考えれば穴だらけの計画ではあるが、成功してしまえばこちらのもの。 「上手くいってっかなぁ?」  ナルトが呟くと、 「いっててくれなきゃ、オレたちの昼からの努力はなんだったんだよ」  キバが請合う。 「……まぁ、後はどうなったか、明日の朝に聞こうぜ」  その翌日の朝のこと。  シカマルの家を訪ねた二人は、彼に会えなかった。家に帰っていないという。  キバとナルトはもしやと思い、火影岩の後ろに行ってみた。……すると、そこには。  ――朝日に照らされて眠る、二人の姿があったとか。