「こーら、主役! 何抜け出してきてんのよ」  背後に微かなワインの香りがしたかと思うと、目の前に自分とはまた違う色の金髪が広 がった。  この時期になると、少しだけフランスとスペインに頭が上がらないような気もしないで はない。まあ、特にフランスか。改めてお礼を言うのも何か違う気がして、今まで口に出 したことはないけれど。 「別に……。まあいいじゃないか、みんな楽しく酔ってるところに素面の人間がいるのも アレだしね」 「ふーん……」  パーティー会場から廊下を歩いて少しすると、中庭に出る通路がある。その真っ暗に程 近いけれど仄かに光の届く通路の途中で壁に寄り掛かっていたところを、見事に捕捉され てしまったというわけだ。迂闊というより、情報国家の名が廃る。NSAの職員に笑われ そうだな、なんて思っている間にも、フランスは目聡くアメリカの手の中にある紙袋に視 線を注いでいた。 「……へえ、ホントに来たんだな」 「え?」 「ん? だってそれ、坊ちゃんからでしょ?」  さも当たり前のように言うとは。エスパーか。 「ええー、フランス何言ってるんだい? あのおっさんが来るわけ、」  わざとトーンを数倍に跳ね上げて、空気の読めない風に装ってはみた。無駄だと知って いても、それがせめてもの抵抗だった。  けれど、何か優しいものを見る目をしたフランスが目の前に居ては、自分の行動がやけ に滑稽に思えて仕方がなくなって、結局口を閉ざす。 「だって、その紙袋にあるロゴ、坊ちゃん家の近くにある店のなんだもん」  そんなに高いものはないけど、品のいいものを置いてるところなんだよ、とどこか自慢 げに言った彼は、もう一度そのロゴを三秒見つめて溜め息をついた。 「で、もう帰った、と。こりゃあ家で深酒コースだなぁ」 「あ、それは俺にも分かるぞ」  四つの蒼い目が狭い空間でぶつかり合って、にやりと笑った。行動パターンなど、とう の昔にお見通しだ。二人とも、それぞれにイギリスとは浅からぬ付き合いをしているだけ あって、予想を立てようものならお互いに合致する。 「……でも、嬉しいな。やっぱり」 「ん、」 「もう、この日はこの先ずっと会えないものだと思ってたし」  零れたアメリカの独白を聞き届けると、そのまま、フランスは先頭に立って中庭へ抜け た。すると、小さなテーブルと椅子が何脚か並んでいるティーガーデンが見えてくる。ず っと、何か手に持っているな、とは思っていたのだが、それが何かがようやく月明かりに 照らされて明らかになる。 「シャンパン……」 「そ。せっかくお前へのプレゼントとして持ってきたのに、あんなパーティー会場に置い といたら誰かに呑まれちゃうでしょ」  ドイツもイタリアもロシアも日本もその他の国も、大体は大酒呑みばっかりだからねー。  歌うように言いながら、細いシャンパングラス二つをあっという間に琥珀色の液体で満 たして、片方をアメリカへ渡す。 「え、だって俺の国は飲酒21からで……」 「そりゃ外見年齢の話でしょうよ。誕生日からの歳でいいや、今幾つなのアメリカ?」 「……230歳、くらい」 「若っ! もーお兄さんやんなるわー」  笑いながら、なおもシャンパンを勧めてくるので、諦めて手に持っている紙袋をテーブ ルの上に置くと、その華奢なガラスを手に取った。 「Bon Anniversaire!」 「Thx,」 「こら、……こんな日なんだから、」 「……Thank you very much」  そうね、そのくらいの丁寧さは要るね。  くい、とグラスを傾ける仕草が本当に様になっていて、いっそアメリカは羨ましいくら いの気持ちになる。そもそも、この国の海軍がいなければ、果たしてどうなっていたこと か。……いや、もしもの仮定に意味がないと知ってはいても。 「フランス」 「何?」 「あの、さ。……本当はもっと早くに言うべきだったんだけど、あの、」 「……こっちおいで、アメリカ」  ぎゅ、とグラスを握りしめているのが分かったのだろう。そして何を言われるのかも分 かって、その上でアメリカを手招きした。  黙ったまま、アメリカは大の大人で三歩ほどあった距離を埋める。未だアメリカの手に あったシャンパングラスを、フランスが抜き取ってテーブルに置いた。  友達の距離を超えた、ああ、この近さは。 「いいんだよ。なぁ、アメリカ、……礼言う必要も、謝る必要もないんだよ」  家族の、近さだ。 「あの頃は、どこもかしこも、本当に色々あっただろ。俺ん家も革命とかね……。お前を 手伝った影響も少なからずあったし」  今、この場で何を言われても何をしようとも、もう起こったことは変えられない。そし て、どの国がどんなふうに動こうともお互いに様々な影響を与えあって生きていく以上、 戦いを手伝っただの何だのということは、本当にお互い様なのだ。  カナダとやるように抱きしめあって、元家族(になったかもしれない国)の肩に顔を埋 める。 「だから、いいの。解った?」 「……Yes,my dear」 「……お前ね、それは言う相手が違うでしょうよ」  ううん、と首を振りながら、アメリカはフランスから離れる。半歩後ろに引いて、それ から自分の数倍の年月を存在し続けている国の目を見据えた。 「いいんだ。……ありがとう、フランス」  そのありがとうは、ただただ、それだけのありがとうだと判ったから。 「どういたしまして」  フランスも笑顔で応じた。  視界の端で、グラス半分になったシャンパンから炭酸の弾ける音がしている。  ところでさ。  うん?  元家族候補、っていうなら、イタリアとかオランダとか、その辺も一緒でいいわけじゃ ない? でも、……なんか違う気がする。  ……そりゃ、お前の元家族と俺が元家族だからねぇ。  ああ、――なるほど、だからか。 ※HAPPY INDEPENDENCEDAY!!  というか、調べてて判ったんですが、……アル、あなた独立宣言した後で本格的に戦っ  てるよね……いや、まああくまでヘタリアという作品の二次なんでいいんですけど……。  仏兄ちゃんがアル側で参戦したのは戦争途中から。でも、彼が居なかったら英海軍を破  れなかっただろう、な……。  本家「インディペンデンスデー」の続き、です。