人間が一年を数えるようになってから、どうやら何周年とかそう言った類の記念を残し たいという思いが芽生えたらしい。  10年経った。早いのか、遅いのか判らないけれど、とにかく10年。これを一つの区 切りとして、けれどまた明日から何でもないいつも通りの日々が始まると分かっている。 「イギリスさん、」 「……大変だったろう」  朝からこんな時間までずっと拘束されてて。とねぎらいの言葉を掛けてきた元宗主国の 横へ躊躇わずに並んで、そしてその国がしているように、かっちりしている正装を少しだ け崩す。 「別に、no anxietyっすよ」  少し笑ってそう言ってやれば、ああ? とガラの悪い返事が返ってきたが、香港に他意 がないと判ると溜め息をついて前を向いた。  ここはビクトリア・ピーク。世界三大港の一つ。時刻は午後八時少し前。 「そっちこそ、お疲れなんじゃないっすか」  わざわざ10年の節目だから、と上司が本国から呼び寄せたのだ。そもそも、この日は 色々なところから色々な人を招くけれど、でもこの人は本当に超級のゲストだった。暑く て湿気もあるアジアの気候に、必要以上に体力を持っていかれているのではないかと心配 になる。そもそも、今はちょうど夏に突入する時期なのだから、気温もそれなりにあるの だし。とはいえ、移住している人の中には、もうこの気候に慣れている人も多々見かける が。 「まあ、引っ張り回されるのには慣れてるからな」  確かに暑いには暑いが。  そう言うイギリスの髪を、海の近いところに吹くあの匂いのする風が掻き混ぜていく。 そんなにも強い風ではないし、この様子なら予定通り行われるだろう。 「……それよりお前、上司たちはいいのか」  その風に目を細めていたイギリスが、そのまま、眼下に広がるネオンの砂粒から目を離 さずに尋ねた。  解っているくせに。もう始まるのだから、今からあの集団に戻ったのでは始めの一つを 見逃してしまう。それでも尋ねてしまう元宗主国を見やって、この人も随分と嘘をつかれ たり裏切られたり、酷い目に遭ってきたのだろうなあと想像がついた。  だから、言葉にして言ってやる。 「俺、イギリスさんのnextで見たいっす」  そうしたら、綺麗な翡翠が一瞬だけ真ん丸に見開かれて、けれどすぐに嬉しそうに歪ん だから。  香港もそれ以上彼を見ることなく、同じように海を眺めてその開始を待った。  パン、パン、パンパパパパン、ドォン、  腹に響くその音を、少し信じられないような気持ちで、隣に居る人と聞いている。  99年だけ、という約束が果たされた日を忘れない。 ※ギャル男が敬語使ったらこうなり……ますよ、ね? 本家に香くん出たらすぐに直しま す!  返還12周年おめでとうございました。  ちなみに花火は隔年だそうですが、一昨年はやった、ということでしたので。  この二人は、なんていうか割譲だし、お陰で世界有数の港町になったし、他の支配・被  支配の関係とは少し違うような気がしたりしなかったり。気のせい?