東○国際フォーラム、ホールD5にて(嘘です) 「にーほんっ、おめでとう!」 「おめでとう、日本」  二人並んで立っていると、ついつい綺麗な茶髪の男も背丈はあることを忘れてしまうな ぁ、などと、とても今日の主役とは思えないことを考えて、日本と呼ばれた男はにこりと 笑む。 「ありがとうございます、イタリアくん、ドイツさん」  微塵も脳内を悟らせないままお礼を述べると、途端に目の前を塞がれた。 「うん! ねードイツ、おめでたいねー」  抱きつかれているのだ、と少しのブランクのあと気付いたけれど、引き剥がそうにも失 礼にあたるといけないので躊躇してしまう。こういうとき、文化の違いという言葉が身に しみる。 「こらイタリア! アジア圏にそういった習慣は、」  いち早く日本の戸惑いを感じたのか、ドイツがイタリアのスーツをがしっと掴んだ、そ の瞬間。 「HAPPY Birthday!!」 「わっ」  大音量の英語が耳に届いて、日本の背中からにゅっと腕が生えてきた。ああ、もう顔を 見なくても誰だか判る。判りたくない。が、判る。 「……アメリカ、くん」  ぼそりと呟くと、日本を後ろから抱きしめているアメリカの上機嫌な声が追い討ちをか けてきた。 「どうしたんだい、めでたい日なんだからもっと嬉しそうな顔しなよ!」 「……」  顔を覗き込まれなくて済んだぶん、イタリアに感謝すべきだった。アメリカの登場に一 旦手が止まっていたドイツが我に返って、結局引き剥がされてしまったが。  そして、アメリカが未だ日本に負ぶさっている以上、次に来る国の予想がついてしまう のも、またいつものことで。 「おいアメリカ!? なに日本に貼り付いてんだバカ」  あ、一言めからスラング装備ですか。  さて、この国が来たからには、次は。 「坊っちゃんこそ、そんな日本を挟むようにアメリカと向き合っちゃダメなんじゃない?  ……紳士が」 「今、エセ紳士っつったかフランス」  いいえー、とからかう気満々の笑みを湛えたフランスに、 「あ、すまない日本! 改めて、誕生日おめでとう」  さっきまでの口汚さを完璧に拭いとって、綺麗な発音のクイーンズイングリッシュでお 祝いを述べたイギリス、両雄のご登場だ。 「お気になさらず。ありがとうございます」 「お兄さんからも。おめでとう」  フランスの言葉にも律儀にお礼を返してから、日本は持ち前の俊敏さと背の小ささを利 用して、するりとアメリカから抜け出した。一瞬不服そうな顔をした超大国だが、さすが にそれ以上は追って来ない。ああ、普段からこれくらい空気の読めることを示してほしい ものですが。  と、本気で溜め息をつきかけたその時。 「日本、アメリカくんから逃げたってことは、ロシアになる気になった?」 「ひっ!?」  自分の体が突如影に包まれて、一歩の余裕をもって振り向くと、やはりというかなんと いうか、北の巨大な一国がそこにいた。 「やだなぁ、冗談だよ冗談。おめでと、日本」  今やその優しさを滲ませた声色ですら若干怖いのだが、一応、この場では冗談として受 け取っておく。でなければ、こんな和やかな雰囲気が一転して緊張の走る空間になってし まう。  けれど、そんなロシアにさえ日本は微笑み、ありがとうございます、と発音した。少な くとも、祝いの言葉を口にしてもらったのだから。  それは確かに、嬉しかったのだから。 「生まれた日、ではないんですけどね……」  日付を跨いで、ようやく辿り着いた自分の家。畳と木の匂いが、優しく出迎えてくれる 空間に包まれて、やっとあのパーティーから解放された実感がわいてくる。  今日は、先代の憲法が制定された日だ。それなのに、「誕生日おめでとう」などと祝わ れると、多大に違和感が生まれるもので。 「みんな、そんなものある。美国は独立記念日、法国は革命日」 「そうですね」  今日は泊まっていく、と半分押し掛けられるようなかたちで家に上がった中国が、炬燵 の向こうに足を突っ込んでいた。この家にいることにあまり違和感を感じないのは、古く から近くに居るからか、はたまた文化が似通っているからか。  すり、とぽちが日本の腹に頭を乗せてきた。 「ぽちくん、今年も一年宜しくお願いしますね」  ふさふさの毛並みに指を通しながらそう呟くと、中国がくすくす笑った。 「なんですか?」 「日本、それはついこの間、我の国で言われた言葉ある」 「ああ、旧正月ですね」  確かに、今の呟きは新年の挨拶だった。けれど。 「まぁ、いいじゃないですか。今年一年、消えずにすんだということですから」 「……そうあるな」  うたたねしないように気をつけよう、と思いながら、兄だった人と、小さな言葉をぽつ ぽつ紡いだ夜だった。 ※おめでとう、我が国!